情報科で育むAI時代の「問いを立てる力」:複雑な課題を発見し、解決に導く指導法
AI技術の進化は社会構造や私たちの生活に profound な変化をもたらしており、教育現場においても、これからの時代に求められる学力やスキルについて深く考える必要が生じています。特に情報科教育においては、技術そのものだけでなく、技術をどう理解し、どう活用し、技術とどう向き合っていくかという、より本質的な力の育成が求められています。
このようなAI時代において、ますます重要性を増している力の一つに、「問いを立てる力」があります。AIは与えられた問いに対して、大量の情報から最適な解を見つけ出したり、複雑な計算を実行したりすることに長けていますが、「そもそも何を問うべきか」「どのような問題が存在するのか」といった、解くべき課題や探究の方向性を定めることは、依然として人間の重要な役割です。
AI時代になぜ「問いを立てる力」が重要なのか
現代社会は、技術の進展、グローバル化、環境問題など、様々な要因が複雑に絡み合い、予測困難な状況が増えています。このような時代においては、既存の知識を記憶し、与えられた問いに正確に答えるだけでなく、自ら状況を分析し、本質的な課題を発見し、新しい問いを生み出す能力が不可欠となります。
AIは強力なツールであり、私たちの思考や作業を大いに助けてくれます。しかし、AIを最大限に活用し、新たな価値を創造するためには、利用者が質の高い問いを投げかける必要があります。「どのような情報が欲しいのか」「何を明らかにしたいのか」「何を解決したいのか」といった明確で適切な問いがあってこそ、AIはその能力を十分に発揮できます。あいまいな問いからは、あいまいな、あるいは意図しない結果しか得られません。
また、「問いを立てる力」は、主体的な学びの源泉となります。生徒が自らの興味や疑問から出発して問いを立てることで、学びは受け身なものではなく、自己を突き動かす探究活動へと変化します。このような主体的な学びの姿勢は、変化の速いAI時代において、生涯にわたって学び続けるための基盤となります。
情報科で「問いを立てる力」を育むための指導のポイント
情報科の授業は、データ、情報、プログラミング、コミュニケーション、情報社会など、AI時代に不可欠なテーマを横断的に扱うため、「問いを立てる力」を育む上で非常に恵まれた環境にあります。以下に、指導のポイントをいくつか提案します。
- 完璧な答えより、良い問いを評価する視点を持つ: 生徒が立てた問いに対し、すぐに正誤を判断するのではなく、その問いが生まれた背景や意図、問いによって何が明らかになりそうかといった側面に注目し、評価やフィードバックを行うことが大切です。「この問いは面白いね、なぜそう思ったの?」「この問いをさらに深めるには、どうしたら良いかな?」といった声かけは、生徒が問いを立てることを前向きに捉える encourages となります。
- 生徒自身の「なぜ?」「どうして?」を尊重する: 教科書や既存のカリキュラムだけでなく、生徒が日常生活やニュース、興味のある分野で抱いた素朴な疑問を出発点とすることを奨励します。情報科で扱うテーマ(例:SNSの仕組み、ビッグデータの活用、プログラミングの可能性など)は、生徒の身近な疑問と結びつきやすいものが多くあります。
- 多様な情報源や視点に触れる機会を作る: 新しい問いは、既存の知識や当たり前だと思っていることに疑問を持ったり、異なる情報や視点を組み合わせたりすることから生まれます。インターネット上のデータ、ニュース記事、統計情報、専門家の意見、異なる文化の視点など、多様な情報に触れる機会を提供し、そこから「あれ?」「なぜ?」といった違和感や疑問を引き出す支援を行います。
- 探究的な学習プロセスを重視する: 問いを立てることは、探究学習の出発点です。情報収集、分析、考察、表現といった探究のプロセス全体を通して、最初の問いを修正したり、さらに新しい問いが生まれたりすることを経験させます。情報科の授業で、短い時間でもデータ分析やプログラミングなどの探究活動を取り入れることは有効です。
- 協働を通じて問いを磨く: 一人で考えるだけでなく、他の生徒と対話したり、グループでブレインストーミングを行ったりすることで、問いはより具体的に、より多角的な視点を持つものへと洗練されていきます。オンラインツールを活用した共同での情報収集やアイデア共有なども有効です。
具体的な授業実践アイデア
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データ分析から問いを生み出す:
- 地方自治体が公開しているオープンデータ(人口統計、産業データ、観光客数など)や、気象データ、SNSのトレンドデータなどを題材にします。
- 生徒にデータの一部を示し、「このデータを見て、何か気づくことはありますか?」「このデータから、どんな疑問が湧いてきますか?」「この地域の未来について、どんなことを知りたいですか?」といった問いを投げかけ、データに含まれる情報から独自の問いを発想させます。
- 例:「〇〇市の人口が減少しているけど、なぜ若い世代は出ていくのだろう?」「この観光地の来訪者数のデータ、特定の時期に増えているのはなぜだろう?」
- Pythonや表計算ソフトを使った基本的なデータ可視化(グラフ作成など)を通して、データの傾向から問いを深める活動も取り入れられます。
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AIツールの活用と「良い問い」の探究:
- 生徒に文章生成AIや画像生成AIなどのツールを使わせ、「〇〇について説明して」「〇〇の画像を生成して」といった基本的なプロンプトから始めます。
- 生成されたアウトプットを見て、「もっと詳しく知りたい部分は?」「この説明は分かりやすいか?」「この画像はイメージ通りか?」「どうすればもっと的確な答えや画像を生成させられるだろう?」と考えさせます。
- 同じテーマでも、問い方を変えることで得られる答えがどう変わるかを比較実験させ、「より良い問い(プロンプト)とは何か」を生徒自身に発見させます。これは、AI活用の実践的なスキルであるプロンプトエンジニアリングの基礎にも繋がります。
- 例:「日本の四季について説明して」と「日本の四季の特徴を、俳句の季語を交えて中学生向けに説明して」では、得られる情報が大きく異なります。この違いを体験させます。
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身近な課題を問い直す:
- 学校生活や地域社会、あるいは情報技術に関するニュースなどで生徒が普段「当たり前」だと思っていること、あるいは不便だと感じていることをテーマにします。
- 例えば、「なぜ学校の〇〇は使いにくいのだろう?」「SNSで誤情報が広がるのはなぜだろう?」「私たちの街は、もっと便利にならないのだろうか?」といった漠然とした問題意識を出発点とします。
- 「なぜ」を繰り返し問う(例:「なぜ使いにくいのか?」→「それは〇〇だから」→「では、なぜ〇〇なのだろう?」)ことで、問題の根本原因や構造を深く掘り下げていきます。これを「Why-Why分析」のような手法と結びつけることも可能です。
- 明らかになった課題に対し、「では、どうすれば改善できるか?」「どんな新しい仕組みが考えられるか?」といった「どうすれば(How)」の問いへと発展させ、情報技術を活用した解決策を考える活動に繋げます(プログラミング、システム設計、情報発信など)。
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情報倫理・社会課題に関する問いの深掘り:
- AIの倫理的な問題(バイアス、プライバシー侵害など)や、情報社会の課題(フェイクニュース、デジタルデバイドなど)に関する事例を取り上げます。
- 単に問題点を学ぶだけでなく、「この問題の本質的な原因は何か?」「誰が、どのような影響を受けているのか?」「私たち個人として、社会として、どのように考えるべきか?」「どのようなルールや技術が必要か?」といった問いを立て、多様な視点から議論させます。
- 正解のない問いに対して、資料やデータを収集・分析し、自身の考えを形成し、他者と対話するプロセスを通じて、多角的かつ批判的に問いを深める力を養います。
評価への示唆
「問いを立てる力」の評価は容易ではありませんが、以下の点を参考にすることができます。
- 問いの「質」: 生徒が立てた問いが、単なる事実確認ではなく、探究的で、本質に迫ろうとしており、新しい視点を含んでいるか。具体性や焦点の定まり具合はどうか。
- 問いを立てる「プロセス」: どのようにしてその問いに至ったのか、どのような情報や経験から着想を得たのか、問いをより良くするためにどのような工夫をしたのか。問いが時間経過とともにどのように変化・深化していったのか。
- 問いと探究の繋がり: 立てた問いが、その後の情報収集や分析、考察といった探究活動にどのようにつながっているか。問いが学びのモチベーションとなり、行動を促しているか。
生徒に「探究ノート」や「アイデアシート」などを作成させ、問いの変遷や着想のプロセスを記録させることは、評価の参考になると同時に、生徒自身のメタ認知能力(自分の思考プロセスを客観的に捉える力)の育成にも繋がります。
まとめ
AIが高度化するほど、人間にはより高次の思考力が求められます。その根幹にあるのが、「何を問い、何を明らかにするか」という「問いを立てる力」です。情報科教育は、この力を育むための理論的・実践的な素地を提供できる重要な教科です。
生徒たちが情報技術を単なる便利なツールとしてだけでなく、自ら課題を発見し、問いを立て、解決へと向かうための強力なパートナーとして活用できるようになること。そして、不確実な未来においても、主体的に学び、新しい価値を創造していけるようになること。そのために、「問いを立てる力」の育成に、情報科の授業を通して取り組んでいくことには大きな意義があると言えるでしょう。
抽象的な議論に留まらず、具体的なデータ、AIツール、身近な課題などを活用した授業実践を通して、生徒たちが「問いを立てる楽しさ」や「良い問いが学びを深めること」を実感できるよう、共に探究を進めていきましょう。